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Ⅹ 縄文時代の繁栄と終焉

 第10話は、縄文時代の晩期の話をします。縄文時代中期は経済的にも精神的にも豊かな時代でした。そこで、縄文時代の暮らしぶりを別の視点(民族、母系社会)の視点で見てみようと思います。その後、とても栄えていた縄文時代が、なぜ終焉を迎えたのかを、自然災害の側面から紐解いていきます。1、 縄文時代の興隆(1) 日本人のルーツ 1億年以上前は、日本列島はユーラシア大陸の一部でしたが、地殻変動が起こり、日本海が...

Ⅸ 古代中国の光と影

 前回の8回目のブログには、縄文時代中期の人々は幸せな生活を送っていたこと、縄文人は自然災害に苦しめられたこと、大陸から渡ってきたアイヌ系と港川系の遺伝子の人たち等は日本の自然環境の変化に適応するために日本人独自の遺伝子を獲得し縄文人になったということ、そして縄文人の遺伝子は現代の日本人男性の4割以上に引き継がれていることを、書きました。 今回(9回目ブログ)は、先ずは、ホツマツタエの時代設定の話...

Ⅷ 日本の夜明け(縄文時代)

 今回は、日本の夜明けの話をします。前回(7回目)のブログでは、黄河文明の話をしました。古代中国は日本社会に大きな影響を与えましたので、中国文化が日本に根づく話をする予定です、しかし、その話をする前に、ここで一度立ち止まり、縄文時代の日本にスポットを当てたいと思います。1、夜明け前(1)日本列島 我々が住んでいる日本列島が、何時頃、誕生したのか、ご存知ですか?答えは、現在の日本列島になったと言われ...

Ⅶ 三皇五帝の生きた時代

 前回のブログでは、黄帝中心に、三皇五帝の話をしました。そこで、今回は、五帝の中の『堯(ぎょう)』の話から始めます。この理由は、帝禹が皇帝になるキッカケが、堯の時代にあったからです。そのへんの経緯を話していきます。1、堯の都 堯(ぎょう)の姓は伊祁(いき)で、名は放勲(ほうくん)です。陶、次いで唐に封建されたので陶唐氏ともいう。儒家により神聖視され、五帝の中で聖人と崇められました。「その仁は天のご...