Ⅰ 邪馬台国の謎を全て解き明かします!

 古代大河小説『邪馬台国ラプソディ(YTR)』の著者の川鍋光慶です。YTRは古文書ホツマツタヱを含む各種の古文書と現地調査を基に解き明かした邪馬台国の真実をベースに作成した古代大河ドラマです。

若日孁

 このブログでは、先ずは、解き明かした邪馬台国の真実を話していきます。これらの情報を踏まえてYTRを読むと、大河小説の魅力に取り憑かれること、間違いありません。
では、最初の謎解きは、『卑弥呼の正体』です。結論を出し、それから、その根拠を述べていくのが私流のやり方です。

 結論 
卑弥呼は、イサナギとイサナミの長女の蛭子姫のことです』

この推論に至った根拠は以下の通りです。
1、皇女でなければ、卑弥呼にはなれない!
卑弥呼であるための必要最小条件は、皇女であることです。古代中国や朝鮮でも、血脈(家柄)を重んじましたが、日本でも身分制度は厳格なものでした。ましてや、国の祭祀を掌握する資格があるのは、皇女に限られます。伊勢神宮の斎王が皇女であることが何よりの証拠です。そうすると、記紀に登場する神々の中で、卑弥呼になりえる資格を有している者は、皇女である蛭子姫宗像三女神しかいないのです。

2、有力豪族の女酋長が、金印を授かることはない!
魏王朝から、金印を授かる資格があるのは、異民族の大国の政を完全に掌握している王者だけです。琉球王朝でさえ、授かったのは銀印です。例え、呪術にいかに卓越していたとしても、狗奴国に苛まれるような弱小な豪族で、「鬼術を用いて人心を惑わす」と酷評されている女酋長が、中国皇帝から金印を授かることなど考えられません。それでも金印を授かったのは、天皇の血脈(本流)であったからです。

3、百済派の藤原摂関家は、弁韓・狗邪韓国派の卑弥呼を、歴史から抹殺した!
魏志倭人伝を知る大和朝廷は、卑弥呼の存在を国書から完全に消去することが難しかった。そこで、弥生時代の平均寿命30歳、縄文時代14.6歳の時代に、初代の神武天皇から十六代仁徳天皇の平均寿命を120歳(累計で1913年、1433年くらい?)とかなり過剰申告しています。更に、欠史八代の嘘の呪縛もかけています。
また、ヒルコ姫を磐樟船で流したり行方不明にしたり、ホツマツタヱでは13人の妃がいる男神の天照大御神を女神と性別変更(性転換ではない)したり、更に、神功皇后と卑弥呼を混同させるようにした。つまり、これらの嘘が、歴史上の真実なのです。
ヒルコ姫が生きのびたとしたら、国書から消去された卑弥呼の最有力候補となります。

4、神武天皇の東征時期は、西暦300±20年!
記紀の紀元前660年という嘘に騙されてはなりません。日本書紀では16代仁徳天皇までの天皇の累計寿命を1913年と言いましたが、古事記では1679年と短くなっています。それでも神武天皇137歳、孝安天皇123歳、孝霊天皇106歳、崇神天皇168歳、垂仁天皇153歳、景行天皇168歳、神功皇后100歳、応神天皇130歳、雄略天皇124歳、仲哀天皇95歳と、日本書紀も古事記も年代は全く信じられません。
ここで、神武天皇の東征時期に関して語るのは長くなりすぎるので、別の機会にしようと思いますが、日本神話は弥生時代(邪馬台国時代)の出来事です。そうすると、卑弥呼の時代とヒルコ姫の時代が重なってくるのです。
また、魏時代には『弥』の発音は『ミル』でした。『弥』の発音が魏の官吏に『ル』と聞こえたとすると、『卑弥呼』は『ヒルコ』と聞こえた可能性があります。

5、ヒルコ姫は住吉神に育てられ、都に戻ると、若日孁に着任した!
ソレワカハ ワカヒメノカミ ステラレテ ヒロタトソタツ
カナサキノ ツマノチオヱテ アワウワヤ

これは、古事記や日本書紀よりも古いとされている『ホツマツタヱ』の本文の最初の章である『古書東西の名と蝕虫去る綾』の出だしの部分です。壮大な歴史書の部分の一番初めなので、もっとも重要な部分です。イサナギ、イサナミ、天照大神、大国主、ニニギや神武天皇より、重要な存在なのです。

尚、ホツマツタヱは、日本書紀を真似して作った偽書であると世間では言われることがありますが、これはホツマツタヱを最後まで読んだことがない批評家の誤った発言です。先ずは、コピーペーストであるという誤解を払拭します。
日本書紀の前半の部分は、嘘だらけの歴史(日本神話)です。それに対して、ホツマツタヱは歴史や家系図だけでなく、言葉や風習の由来、宮殿の造成方法、乗馬方法、長生きの秘訣、子供の作り方や産み分け方法等が認められた古代の百科事典です。出鱈目な日本神話から、古代の百科事典をコピペできる訳がありません。
尚、ホツマツタヱには、乗馬や馬具の話がでてくるので、古墳時代の出来事であるというのが考古学の上の常識ですが、私はもっと古いものだと推定しています。なぜなら、弥生時代の王族の墳墓から輸入された馬具が発見されているので、馬具の歴史は、少なくても弥生時代まで遡ることができます。何れにせよ、ホツマツタヱが真実の書であるという前提で話を進めて参ります。

この文章の出だしの『ソレワカハ』ですが、『ワカ』とは『若日孁(ワカヒルメ)』のことです。イサナギとイサナミの長女は、昼間の暖かい日差しの中で生まれたので、『ヒルコ姫』と名付けられました。そして、成長すると、イサナギより『若日孁』に任じられました。
ここまで、話を聞くと、歴女の方々の中には、『日孁』の文字にドキッとされる方がいるのではないでしょうか?そうなんです、『日孁』とは『天照大神』の別名なのです。つまり、女性神官の長なのです。『若』は、若君・若様、若旦那、若女将、若年寄、若頭の『ワカ』で、次期のトップ候補のことだと考えられます。『日孁』は女性神官の長なので、卑弥呼も『日孁』の座に着いていたと考えられます

それでは、訳しますよ。
『これは、女性神官の次長の若日孁姫のお話です。始まり、始まり!』

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ワカヒメノカミ ステラレテ
『若日孁姫さまは、磐樟船に乗せられ、捨てられてしまいました』
この文章は、日本書紀と一緒ですね。
磐樟船


ヒロタトソタツ
『(カナサキがヒルコ姫を)「拾った」と言って、磐樟船から拾い上げ、(ヒロタ)の地で育てました』
カナサキは、後に、住吉神となり、安曇族も宗像族も、カナサキの傘下に入ります。
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カナサキノ ツマノチオヱテ アワウワヤ
『カナサキの妻の乳を得て育ち、カナサキも「アワウワヤ」と言ってあやしました』
ヒルコ姫はこうして育てられ、イサナギ・イサナミの元に戻り、女性神官の次長になりました。下の図は、瑠璃さんの『カナサキ ファミリー』です。皆さん、とても優しいんです。カナサキは育ての親ですが、ヒルコ姫の仲人にもなるんですよ。
カナサキ・ファミリー


だから、もし、日本神話が邪馬台国の話だとすると、記紀と魏志倭人伝が繋がり、ヒルコ姫、若日孁、卑弥呼は同一人物であると言えます。

また、ホツマツタヱでは、オシホミミの時代に、天照大神の命で、オシホミミの長男のクシタマ・ホノアカリが→斑鳩→明日香に天孫降臨し大和政権を築き、次男のニニギが南九州に天孫降臨し九州政権を継ぐことになっています。天照大神の下での兄弟政権ですが、2つの政権が同時に国造りを進めました。
ホツマツタヱは、記紀から神話と嘘の部分を取り除いたような内容で、八岐大蛇、国譲りの真実が語られており、台与が誰であるかも推測できます。

次回も、邪馬台国の古代史考察を進めていきます。そして、一連の歴史考察が終了したら、イラストレータでイベント・コーディネータの瑠璃さんが、撮影された小説YTRの聖地の写真を用い、神の領域踏み込んだ話をしていきたいと考えています。


川鍋 光慶
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